中央公論新社さんと言えば、『婦人公論』という日本の女性誌の草分け的な雑誌がある。創刊は大正5年、来年には創刊100周年を迎えられる。そこで、このペン字の本に、大正時代の雰囲気を醸し出せたら、なにか趣のあるものになるのではないかと、想像をめぐらせてみた。竹久夢二が、今回の発行元である読売新聞社さんに勤務していたということも頭の片隅にあり、大正時代、大正浪漫・・・ということで、その名も『浪漫ペン字練習ノート』というものを監修させて頂くことになった。「浪漫」は、「ろうまん」と読むが、これは編集の方のこだわり。
大正という時代は、現代において文字を記す行為が“書く”ことからパソコンで“打つ”ことへ変わっていることと同じように、変革があった。それは、それまで何百年と続いていた“毛筆”から“硬筆”へと移行していったということ。おそらく、その時代に生きていた人たちは、“硬筆”で書くという行為を、新鮮なこととして、今の時代の私たちよりずっと楽しんでいたのではないだろうか。
なので、この『浪漫ペン字練習ノート』も大正時代の人たちと同じように、硬筆で書くという行為の楽しさを再認識してもらえればということをテーマにしている。日本語の文字体系である「漢字仮名交じり」は、実はバランスが取りにくく、手書きで美しく書くことはなかなか難しいのだが、そこは、“和す”ことが得意な日本人。崩し字、続け字など難しいものでも、逆に難しさを楽しんでもらえればと考えた。日本の文字の美しさを実感し、日本人の美意識や感性に触れてもらうということにも繫がるからだ。
表紙は、柄にもなく少女チックなものとなっているが、これは私の好きな大正時代の歌人、与謝野晶子が当時関わっていた『明星』という雑誌へのオマージュ、のつもり。制作の方針で、私の写真がこのような形で使用されることとなり、でも少し恥ずかしい。ただそれはさて置き、『明星』の表紙には、草木がモチーフとなった飾り罫があしらわれているのが特徴で、それはミュシャという画家の模倣であるが、大正浪漫は、このように世界的な「アールヌーボー」ムーブメントの影響もあった。
以前、大正時代の歌人の和歌や作家の文章を題材にした書を、このアールヌーボーを意識して書いてみたらどうなるだろうかと、創作を試みたことがある。
私は伝統文化を継承する書家に属するが、古典といっても比較的新しい大正時代に惹かれる理由は、新しい文化とこれまでの伝統文化の融合による、人々の希望と葛藤、時代の光と影が入り混じった、その独特の「情趣」によるのかもしれない。