その人の書いた『魂』という文字を見た時、あらためて意味の重さに息を呑んだ。
自分の肉体に宿る魂の存在を意識してみたりもした。
『風』という作品には、確かに皮膚に風を感じた。風が運んでくる期待と不安のようなものまでを感じて、しばらく目が離せなかった。
「言霊の幸わう国」という言葉がある。日本は言葉の霊力によって、幸福がもたらされる国であるという意味。
なるほどその書には、日本語に宿る“運命をも動かす力”が見えてくる。
パフォーマンスやアートとしての書が脚光を浴びているが、日本語の力をひねり出す本来の書道とはまったく別のものであると、木下さんは主張する。
3000年もの歴史を生きてきたひと文字ひと文字のめくるめくドラマは、感覚に任せて書き放てるようなものではない。
その字と本気で対峙し格闘するように、繰り返し繰り返し書き続けないと描けないから、その人はどんな依頼にも、通常1ヶ月をかけ何百枚も書くのだという。
仮名もあり、文体も様々な日本語は世界一難解とされるが、同時に世界一美しく情緒的かもしれないことを、この美しき書家は世界に伝えていくのだろう。
抒情的ですらある書を見るにつけ、日本語の国に生まれたことを誇りに思う。
齋藤 薫
花椿 (SHISEIDO)