サイトアイコン 書家/書道家 木下真理子

米と書

先週末は、兵庫県からお招き頂きまして、講演を行ってまいりました。書家である私の講演を聞きに来て下さる方などいるのかと、心配もしていましたが、事前に250名ほどの申し込みがあり、当日は席を増設して頂いたり、立見をして頂いた方もいて、合わせて300名以上の方がお越し頂いたとのことでした。

私はここ数年、海外においては、日本の古の書や文字、そこから感受する日本人の美意識や思想というものについて講演会やワークショップをさせて頂くことはありましたが、日本においては、あまりそのような機会がありませんでした。今回のテーマは「米と書」でしたが、日本人の方に、こうした事柄を関心事として捉えて頂けたことは嬉しく思いました。

左上から “火” “水” “石” “米”

文字の歴史は、同時に人間の歴史であるということは、日頃よくお話していることですが、「食」も文字と同じように、いやそれ以上に、太古の昔から神聖なものとして捉えられ、必需品ということにとどまらず、“文化”として継承されてきました。

太古の食

神饌

大饗料理

精進料理

本膳料理

懐石料理

・・・

時代ごとに様々な食文化が興りつつ、どの時代でも変わらず、「大和心」が脈々と受け継がれてきました。古事記には、日本のことが次のように表現されています。

「豊葦原之千秋長五百秋之水穂国」

(とよあしはらのちあきのながいおあきのみづほのくに)

これは、「葦の豊かに茂る原の、いつまでも豊かな収穫が続く、 みずみずしい稲穂が実る国」という、国褒めの語です。

現代では、農作物の自給率の低下が危惧されていますが、古来、食には日本人の“誇り”があることを忘れてはいけない、そう改めて思いました。90分ほどの講演会でしたが、この講演会を通して、私自身も日本の「食」について、改めて勉強させて頂きました。

講演会にお越し下さった皆様、またこの講演会の機会をくださり、サポートくださった兵庫県庁の皆様、神戸新聞の皆様、本当に有難うございました。

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