「杉影(さんえい)」という銘柄の“杉”の字は、書家 青山杉雨先生のお名前から。そう、この筆の開発には青山先生が関わられている。
開発当時のエピソードを、久保田専務からこっそりお聞きした。
職人さんは最高品質の筆をいくつか試作し、青山先生に上程されたそうだ。だが先生はそれらの筆に満足いかなかった。
話はここからである。先生は、職人さんたちが事前に“ボツ”にしていた筆を見つけて手に取り、試し書きをしたところ、「この筆だ」とおっしゃられたという。では何故ボツになっていたのかということになるのだが、他の工房では廃棄されていた、けして良質とは言えない毛で作られていた筆であったからだそうだ。そのような筆が先生の眼と手に適ったものだったということは、逆を言えば、高級なら何でも良いというわけではないということを、このエピソードは教えてくれる。青山先生は安価であることにもこだわっていたそうだ。
一方で、最近では「手島 右卿 ( ゆうけい )賞」で知られている手島先生が使用していた筆は、「 墨吐龍 ( ぼくとりゅう ) 」という銘柄で、これは毛の良い部分だけを使って作られているさばきの良い筆であったとのこと。それぞれの筆と書風を見比べてみるのも面白い。
現在、私が使っている「杉影」を作られている宮本さんにも直接お話をお聞きすることが出来た。宮本さんはもともと筆を作る仕事ではなかったそうである。それがいつしか筆を作りたいという気持ちが芽生え、今では「杉影」の銘柄を受け継いでいる。「杉影」を作られている何代目かの職人さんであるが、宮本さんが受け継ぐようになる前に、「杉影」が変わったという声が一時期あった。そのことから、久保田専務と宮本さんは、全国の書家の先生方より昔の「杉影」を何本も取り寄せ、また使う側の声をヒアリングして研究し、試行錯誤を何年も繰り返して、やっと“これが「杉影」だ”という現行のレシピを見出されたそうだ。
筆も作り手の感性によるところが大きい。そして書家の作品は、こうした職人さんたちのたゆまぬ努力によって支えられている。まさに作品制作のパートナーなのだ。(続く)