天岩戸 籠り

mariko kinoshita/sho

   古事記「天岩戸 籠り」

 

故、是に天照大御神見畏みて、天の石屋戸を開きてさしこもり坐しき。爾に高天原皆暗く、葦原中国悉に闇し。此れに因りて常夜往く。是に万の神の声は狭蠅なす満ち、万の妖悉に発りき。是を以ちて八百万の神、天の安の河原に神集ひ集ひて、高御産巣日神の子、思金神に思はしめて、常世の長鳴鳥を集めて鳴かしめて、天の安河の河上の天の堅石を取り、天の金山の鉄を取りて、鍛人天津麻羅を求ぎて、伊斯許理度売命に科せて鏡を作らしめ、玉祖命に科せて八尺の匂璁の五百津の御すまるの珠を作らしめて、天児屋命・布刀玉命を召して、天の香山の真男鹿の肩を内抜きに抜きて、天の香山の天のははかを取りて、占合ひまかなはしめて、天の香山の五百津真賢木を根こじにこじて、上枝に八尺の勾璁の五百津の御すまるの玉を取り著け、中枝に八尺鏡を取り繋け、下枝には白丹寸手・青丹寸手を取り垂でて、此の種々の物は、布刀玉命ふと御幣と取り持ちて、天児屋命ふと詔戸言禱き白して、天手力男神戸の掖に隠り立ちて、天宇受売命、天の香山の天の日影を手次に繫けて、天の真析を縵と為て、天の香山の小竹葉を手草に結ひて、天の石屋戸にうけを伏せて蹈みとどろこし、神懸り為て、胸乳を掛き出で裳緒をほとに忍し垂れき。爾に高天原動みて八百万の神共に咲ひき。

是に天照大御神怪しと以為ほして、天の石屋戸を細めに開きて内より告りたまはく、「吾が隠り坐すに因りて天の原自ら闇く、亦葦原中国も皆闇からむと以為ふを、何の由以にか天宇受売は楽を為、亦八百万の神も諸咲へる」とのりたまひき。爾に天宇受売白言さく、「汝が命に益して貴き神坐すが故に、歓喜び咲ひ楽ぶ」とまをしき。如此言す間に、天児屋命・布刀玉命其の鏡を指し出して、天照大御神に示せ奉る時、天照大御神逾奇しと思ほして、稍戸より出でて臨み坐す時、其の隠り立てりし天手刀男神、其の御手を取りて引き出しまつりき。即ち布刀玉命、尻くめ繩を其の御後方に控き度して白言さく、「此れより内にな還り入りましそ」とまをしき。故、天照大御神出で坐しし時、高天原も葦原中国も自ら照り明りき。

 

古事記・上代歌謡/日本古典文学全集(小学館)

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