清らかなるもの

伊勢神宮/五十鈴川 photo by nanaco

先般、天然由来の『ヤシノミ洗剤』で知られているSARAYAの、海外向け製品のロゴのご依頼を頂き、『Sanilavo』と書かせて頂いた。最初は、アルファベットということで、伝統的な書道の分野に属する私に書けるだろうかとも思ったが、別に思うところもあり書かせて頂くことにした。ご担当者をはじめ、関係者の皆さんがわざわざ東京まで訪ねてくださり、様々なお話もできた。

学校で「手洗い」の大切さを学んだ経験は誰にでもあるが、今は科学的な分析によって原因菌の存在が明らかとなり、除去する有効な対処法も見出されている。ただ、それにも関わらず、必要以上に手を洗ったり、消毒液を吹きかけたりする、いわゆる「潔癖症」と呼ばれる人も少なくない。

私などは仕事柄、書作している時は、墨で手が汚れても特に気にしないのだが、白い半紙に向かい、これから書作しようという時には、一種の心の儀式として、手を洗う。神経質と言われればそれまでだが、心が汚濁しているかどうか、ということが気になっているのかもしれない。

日本には古来、「穢(けが)れ」と「禊(みそぎ)」という思想がある。穢れとは、「気枯れ」とも表していた。日本最古の歴史書である『古事記』には、「穢れ」を祓(はら)うための「禊」のシーンが描かれている。国生みの神である伊弉諾命が、黄泉の国から生還し、川に飛び込んで穢れた身体を清め、最後に左目→右目→鼻の順で顔を洗い清めると、太陽女神・天照大御神、月の神・月読命、荒ぶる神・建速須佐之男命が生れる。天照大御神は、誰もが知る伊勢神宮が祀る神。

神社では今でも、手水舎(ちょうずや)で手や口を清めてから、神聖な境内に入る。「手を洗う」ということの背景には、慎ましくて清らかなものを求める、日本人の精神性があることを、この商品を通して海外の方に知って頂ければ、うれしい。

  • 2014年10月22日

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