崔顥詩

0929_4_6

2004 「崔顥(さいこう)詩」

     H165×W42cm

(第66回謙慎書道会展 於:東京都美術館)推薦顧問賞

 

書き下し文

「黄鶴楼(こうかくろう)」 (七言律詩)

     昔人(せきじん)已(すで)に白雲(はくうん)に 乗(じょう)じて去(さ)り 此(こ)の地(ち)空(むな)しく余(あま)す 黄鶴楼(こうかくろう) 黄鶴(こうかく)一(ひと)たび去(さ)って 復(ま)た返(かえ)らず 白雲千載(はくうんせんざい) 空しく悠悠(ゆうゆう)たり 晴川(せいせん)歴歴(れきれき)たり 漢陽(かんよう)の樹(じゅ) 芳草(ほうそう)萋萋(せいせい)たり 鸚鵡洲(おうむしゅう)   日暮(にちぼ) 郷関(きょうかん) 何(いず)れの処(ところ)か是(これ)なる 煙波(えんぱ) 江上(こうじょう) 人をして愁(うれ)えしむ 

 

意味

かつてここを訪れた仙人は、もはや白雲に乗って去り、この地には今はただ、 黄鶴楼が残っているばかりである。そのかみの黄鶴は、飛び去ったまま、もう帰っては来ない。ただ白雲ばかりが、千年の昔も今も変らぬ姿をとどめつつ流れて 行く。晴れわたった川の向こうには、漢陽の町の木々が手にとるように見える。 鸚鵡洲の上には、美しい花をつけた草が、一面に生い茂っている。

だが、日は暮れかかってきた(夕暮れともなれば、郷愁がわく)。わがふるさとは、どのあたりであろうか。夕靄におおわれ、はても知らず川波の続く揚子江のほとりの風物は、私の胸に、ふるさとを恋う思いをかきたたせる。

 

出典

唐詩選

    孫逖詩

    賈至詩

    関連記事

    1. ちょうどいいのが ちょうどいい

      2001.02.03
    2. 行草という形式

      2001.01.02
    3. 梅雨晴

      2014.07.11
    4. Personal Data 34

      2001.03.01
    5. Personal Data 20

      2001.03.01
    6. Personal Data 70

      2001.03.01
    PAGE TOP