イメージと実体

先週末は、春の嵐となりました。久しぶりに、両親と一緒に食事をする予定だったのですが、突風のために電車が運転見合わせとなって動かず、残念ながら中止となってしまいました。私の両親は今も共働きで、ともに一般的な地方公務員です。私はよく、書家の家系に生まれ育ったと思われたり、はたまた、あろうことか資産家の令嬢(笑)などという誤解もされたりするのですが、それは事実ではありません。

ただ、鍵っ子で、寂しい思いをしていた私に、両親はいろいろな習い事をさせてくれました。クラシックバレエ、水泳、ピアノ、書道。

結局、自分の意志でやり続けたのは書道でしたが、クラシックバレエや水泳を習っていたことも、今にして思えば、書道に大きく生かされています。それは、表面的には分からないかもしれませんが、書道は手先きだけで書くものではないからです。身体の隅々の神経を一瞬に捉えて扱うこと、最後まで気を整えて書く持続力、ともすると静的なイメージを持たれる書道ですが、スポーツや武道に通じるところがあります。

ところで。

最近は“公務員”というだけで風当たりが強いご時世です。でも本当は、“公務員”であるということが問題なのではなくて、一人ひとりの胸の内がどういう意識にあるのか、ということが問われるべきことなのだと思います。ただ、そういった観点で論じられることはありません。これは、いかに外見のイメージや肩書きだけで判断されることが多いのかという一例と言えるかもしれませんが、そもそも社会の仕組み自体が幻想なので、しかたがないことでしょうか・・・。

かくいう私は、外見や肩書きではなく、書く字こそが、現在の私の全てを表している、そう言い切りたいところはあります。

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