幽玄

幽玄

韓国のポピュラーミュージックが流行っているようです。K-POPと呼ぶそうですが、かつて日本で大ヒットを飛ばしたチョー・ヨンピルさんなどに代表される叙情的な大人の世界観といったものとはまったく違う、クールでアグレッシヴで、セクシーで、しかも素顔は礼儀正しい10代の美少年、美少女たちという・・・

これは文化、歴史の違いはありますが、日本人の心を掴んでしまうのも当然かもしれません。もしかしたら、ペリーの黒船来航のようなカルチャー・ニュー・ウエイヴではないかと言う人もいます。 新しいものを受け入れるのか、それとも拒んでしまうのか、みなさんはどちらのタイプですか?

まったく新しいものに出会うことも勿論そうですが、このブログのタイトルでもある温故知新というのは、“古いものの中にも新しい発見がある”という意味ですから、どちらにおいても、未知なるものに触れるということではないでしょうか。未知なるものはドキドキしますが、突き詰めるならばそれは、“本物”の存在感と輝きを持っていることが前提であるように思います。そして本物とは、いろんなものを取り入れながらもそれらを自分のものとして昇華させて、濁りが無い澄みきった、それは目には見えない、“幽玄”な佇まいを持っていることをいうのではないかと思います。

かの世阿弥は『風姿花伝』の冒頭で次のように述べています。

~まづ童形なれば、何としたるも幽玄なり~

つまり、幼い子供であれば、まずはそれだけで(純真で)幽玄であると。K-POPのアーティストもこれに当てはまるかもしれませんね。

ところで、話は変わりますが、先日、文化功労者となられた水木しげるさんと奥様をニュースで初めて拝見しました。本当に素敵なご夫妻でした。水木さんがそこでおっしゃっていましたが、お化けに描かされたなんて、『ゲゲゲの鬼太郎』も、やっぱりホンモノですね。こちらもある意味で、透明な存在を感じさせてくれるのですから(笑)