“畏れ”

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先週、日本列島を吹き抜けた春の嵐の翌日の“富士山”です。雄大なその姿に魅了され、言葉にならない感慨が起こります。あえて表すなら、やはり、「あはれ」という言葉がふさわしいのではないでしょうか。

平安時代、貴族たちの情趣深い生活から、自然や人生の場面、場面における感嘆を表す言葉として、「もののあはれ」という言葉が生まれました。それは、鎌倉時代になると、生と死の狭間で生きていた武士たちのあいだで、「あっぱれ」という言葉にその意味は受け継がれていきます。

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「あっぱれ」は「天晴れ」とも表わされますが、その日はとても美しく澄んだ青空でした。江戸時代には、国学者である本居宣長が論じたことにより、浄瑠璃や浮世絵などでも、「あはれ」の美意識が表現されるようになりました。浮世絵が海外に渡ると、それを見た外国人は、描かれている海や空の色を見て、「Japan Blue!」と称賛したそうです。

眩いばかりの海や空の色を、「藍色」で描いた当時の日本人は、自然に対して、「深遠」なものを感じていたのではないでしょうか。そして、「深遠」と「あはれ」の中には、“畏怖の念”が存在していて、美しいものを見た時に“畏れ”を感じてしまうというこの感受性は、日本人特有の美意識なのかもしれません。