タイ・レポート #2

先週の続きをご報告をさせて頂きます。今回のタイ渡航目的のもう一つであるワークショップは、昨年のドイツのワークショップで開催したテーマである「古代の日本文化とエコロジー」をもう少し深く堀り下げてみました。特に今回は、事前に日本から“廃材”を送っていました。

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古代の日本では、“森羅万象”という言葉がありますが、すべての物や事象に精霊が宿っており、自然と人間自分と他者心と物とを区別せずに、一体であるという概念がありました。しかし、現代の日本はと言いますと、科学至上主義のもと、形のあるものと目に見えるものを信じ、徹底した合理性が追求され、その結果、大量生産、大量消費、大量破壊という“循環”ではなく、“一方通行”となっています。

そしてそれは、自然破壊というところまで及び、逆に人間が危機的状況に立たされようとしています。これは元を正せば、自然と人間、自分と他者、心と物を区別するようになったことから始まったのではないかと思います。そもそも廃材…ゴミという認識も、どこからどこまでがゴミで、どこからどこまでがゴミじゃないのか私には分かりません。

さて、ワークショップでは、文字を書くことによって、その人と物との良い“関係性”を築きあげられたらという思いがありました。と言っても、タイは日本とは違い、例えば作られる過程で少し欠けてしまったようなものでも市場に並んだり、自分が不要なものでも人に譲ったり、売ったりするように、物を大切にする国民性であるということはあらかじめ知っていましたので、逆に今の日本ではこんな物までもが破棄されているという現状を知ってもらい、その で太古にあった日本の思想を紹介させて頂きたいと思っていました。

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そして、<万物が一体である>という概念があった日本の古代、物事を伝達する手段としてではなく、感慨を共有するためにあったとされる“大和言葉”を紹介させて頂きました。選んだ言葉は、すこやか、しなやか、うるわしい、しとやか、おくゆかしいの5つです。書く時には実際に発声して頂きながら書いて頂きました。

この模様は現地のテレビ局が取材に来られていましたが、インタビュアーの方も実際に参加してくださりました。また現地のBangkok Post誌、Nation誌など新聞の取材も受けたのですが、いずれも一時間以上かけて、私がいつどんなきっかけで書を始めたのか、書の魅力の本質とは何か、どうしたら“筆さばき”が上達するのか、などの質問を受けました。

その姿勢は驚くほど熱心で、異国の文化について単に興味を持っているということ以上の何かを感じずにはいられませんでした。ワークショップに参加下さった人たちも同様です。

一言で言えば、「真摯」「真面目」ということかもしれませんが、その言葉には「美しさ」と「華やかさ」という意味合いも伴っていて、〈一体〉となっている、ということを逆に教えて頂いたように思います。

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