大きな作品を書作している時には、墨が乾くまでの間、部屋中に作品を並べることとなり、足の踏み場もないような状況となってしまいます。そのような時は、少し外出し、散歩などをして、時間を過ごすのですが、しばらくして部屋に戻ると、ほのかな墨の香が漂い、心を落ち着かせてくれ、また書作を再開します。
墨は、原料に使う膠(にかわ)の匂いを消すために、香料が加えられています。昔の墨は、天然香料の甘松末・白檀・龍脳・梅花・麝香などが使用されていて、良い墨というのは、そのような芳香を持っています。また、固型墨は、ワインと同じように、「古墨(こぼく)」と呼ばれ年代物の墨は高価でもあるのですが、筆跡もはっきりと出て、透明感のある滲みが表現出来ます。
(墨について、よりお知りになりたい方は、「墨運堂」HPをご覧下さい)
さて先日のことですが、私の講座に来て頂いている生徒さんに、あることを訊ねられました。練習中はよく書けるのに、いざという時に気持ちの調整が上手くいかないということで、「書く時にはやっぱり静かな所で書くのがいいですか?それとも音楽などかけてリラックスしながら書いた方がよいですか?」という質問でした。
リラックスしながら書くことを一概に否定することは出来ませんが、それはあくまで心の準備であって、いかにして集中力を高め、書作に挑めるかということが大切なのだと思います。「静か=集中力」ということではないと思いますが、私などは、その日の天候(温度・湿度)の様子に気を配ったり、信頼して愛用している道具の手入れをしたりすることで、心を落ち着かせて、集中力に繋げています。墨汁を使わず、墨を磨るという行為は有効です。
それから、書道とは“楽しみながら書く”というより、無心の状態で書いて、結果として“良い作品が書けたことによって楽しさが得られる”ものだと思います。
書道に関心を持たれている方は、私が連載をしています、『日経おとなのOFF』という雑誌の「おとなの書道塾」というページをご覧頂けると、より理解を深めて頂けると思います。なんだかPRになってしまって、すみません・・・
※今月号は表紙の題字も手掛けさせて頂いています