近くのレンタルショップで、ルキノ・ヴィスコンティの隠れた名作が数タイトル、何故か“準新作”扱いで陳列されていた。
これまで「郵便配達は二度ベルを鳴らす」「地獄に堕ちた勇者ども」「ベニスに死す」くらいしかレンタル向けにはならず、他の作品は主にセル向けで、価格も1万円に届きそうだったので、なかなか手が出せなかった。
家に帰って調べてみたところ、昨年が生誕110年、没後40年というメモリアルイヤーであったということが分かった。 私はこの手の情報に疎い。
それに「山猫」という作品は、マーティン・スコセッシのフィルム団体とGucciにより、2010年に約1億円の費用と1万2000時間をかけて修復された上で、これまでより安価でDVDとBlu-rayがリリースされているということも分かった。
ヴィスコンティの映画は、イタリアのみならず、ヨーロッパの至宝と賞賛されている。その魅力は、背中合わせに描かれている絢爛美と退廃美にあると思う。
華やかなものはいずれ滅びゆく。それは宿命なのかもしれない。考えてみれば「儚さ」という字は、まさにそれを物語っている。
以前購入した『ヴィスコンティの遺香』という、篠山紀信さんがイスキア島の別荘を撮影された本を今も大切に持っている。ヴィスコンティは自身も貴族階級の流れを汲み、城も所有していたようであるけれど、そこに映し出されている世界は、華やかさに垣間見る、夏の終わりのような陰り。
写真はその「儚さ」の一瞬を、半永久的なものとして記録している。