君がため

眼で見ていることが、こんなにも有難いことだと感じられる機会も、そうそうない。

コロナ禍において、これまで仕事や日用品の買い出し以外は、外出を出来る限り自粛してきた。
でも、どうしても観にいきたくて、人が少なそうな平日の回を事前予約して、東京国立博物館へ出かけた。

すっきりと晴れた秋空、上野公園の色づきはじめた木々、池の水面にたなびく真菰草、そのどれもこれもが見とれるものだった。
でも、心がふるえるような感動は、東博本館の一室で待っていた。
そこに展示されていたのは、仮名書の大家・髙木聖鶴先生のご遺志により寄贈された、平安かなの名品20点。

壁に掛けられた長い掛軸の真ん中、四角い小さな画角に、天から地へ黒い描線が細く流れてゆく。
眼に映るそれは、文字が文字とは言えないくらい極限の美しさだった。

さまざまな古典に触れることの大切さは、書家のはしくれとして私も日頃から意識はしている。
でも、やっぱり印刷物ではなく実物を目の当たりにすると、普段見ているようで見えていない世界があることに気づく。
遥か昔の美風、ちひさきものに傾けた心情は、肉眼にしか映らない・・・。
最先端で最高水準のカメラより、人の眼はこんなにも精度が高いのかという驚きもある。

生前、聖鶴先生と対談をさせて頂いた折、人生200年ないと平安の能書には到達できないとおっしゃられていたことを思い出す。
日本が海外に誇る様式美を、今もなお追い続けられていそうに思えて仕方がない。

☞ 会期は9月26日(日)まで

画像:砂子切本 兼輔集「君がため」/伝 藤原公任 筆

中秋の名月

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