いつもながら、更新できずにいたブログ。
書き留めておかなければ悔いが残る、そんな体験などそうそうないけれど、
しばらくぶりに、その日は静かな熱気に酔いしれることが出来た。
数年に一度くらいはあってもいい、その日、そのとき、そこにしかない集まり。
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「国立国会図書館」で必要な資料を手に入れた次の日、「国立映画アーカイブ」へ足を運んだ。
ある映画の上映と監督によるトークショーの企画があると知ったのは、開催3日前の偶然で、
知ったときは、既にオンラインでのチケット販売は完売となっていた。
救いといえば、告知ページの下に小さく、当日券が若干名分あり、「上映時間の1時間前から
5分前まで販売」と記載されていたこと。
目にしてしまったら、なんとか当日券を手に入れたい――
そう思ったものの、これまで長時間にも及ぶ行列に並んで待ったことなど、人生において
一度も経験が無い私は、悶々と考えた。
果たして何時から並べばいいのだろう。上映は15時から・・・
販売開始である14時の15分前に行っても、手に入れられるはずもないことは予想がつく。
では12時はどうか、2時間前なら確実だろうか。
いや、せっかく行って並んで目の前で打ち止めとなってしまったら、悔いが残ってしまう。
それならば万全を期す。とばかりに、意を決した私は会館のオープン30分前に、会館の外で
並ぶことにしようと決めた。
それは当日券発売時間の3時間30分前。
家を出て会館に着くと、意外と言うべきか、私が一番乗りだった。
もっとも、開館時間が近づくとチラホラと何人かが集まってきたので、私と同じ考えを
持った人がいたということになる。
3時間以上もじっと待つことに耐えられるだろうかと不安に思っていた私は、前日図書館で
コピーした数々の文献と、床に敷く為の古新聞も持参して、準備を整えて出かけた。
その甲斐あってか、床に座っている間はお尻が痛かったし、ちょっとした恥ずかしさも
あったけれど、ネットや電子書籍では入手不可能な「平安古筆」や「寛永年間の書」など
に関する貴重な文献を夢中になって読みふけっているうちに、時間はあっという間に過ぎて
いった。
図書でも、フィルムでも、後世に文化遺産を残すための取り組みはなくてはならないこと。
それにしても、存命である作者に話を聞けるチャンスがどんなに貴重なことか。
やっぱり語り繋ぐこと、心から心へ伝えてゆくこと以上に、人を豊かにするものなど無いと、
改めて嚙みしめた。
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なんでもかんでも簡略化されて、〝スマート〟であることに価値があるとされている現代。
映画も家で、倍速で観ることがブームだという。
でもそれは、フルコースの料理を注文して、オードブルとアントレとデセールしか口にしない
のと同じで、ほんとうにもったいない。
ちなみに今回観た映画は2時間27分の超大作で、もうDVDでは10回は観ていたけれど、やはり
スクリーンで観るのは格別だった。
映画にしても書にしても、時間を〝かたち〟に変える。それは「時間芸術」と呼ばれる。
そして、その時間は、その時代を反映して、人々の記憶にも、記録にも残ってゆく。