春になれば


今日11日で、東日本大震災から13年となる。
未だに行方不明の方がいて、復興工事の完了の見通しもたっていないという。

年始めの能登地震も例外ではなく、海に囲まれている日本は、いつどこでどんな天災が起こるかは分からない。
海の幸、山の幸に恵まれている一方で、私たちの暮らしは常に天災がつきまとっている。
そのことに抗うことなく、先人たちはそれを受け入れてきた。

ものの考え方ひとつ、受け取り方ひとつで、物事は良くもなり悪くもなる。

寒さも和らぎ、穏やかな季節を肌身に感じるのも、四季が巡っている日本だからこそ。
そして、どんなことがあっても、春になれば、地に草木が芽吹くという自然の摂理。

命を見つめて、心に映し出すには、清らかな眼が大切で、それに通じる言葉を、空海が述べている。

眼明則觸途皆宝
眼明らかなれば則ち途(みち)に触れて皆宝なり「性霊(しょうりょう)集」

次回の青山の講義で取り上げたいと思っている。
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江頭(こうとう)に哀しむ

責任感の古今東西

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