先日、アメリカ在住の生徒から、近況のメールをもらった。考えさせられる内容であったので、ご本人に許可を頂き、以下に掲載したい。
追伸、
アメリカという異国の地で、違う言葉を使いながら、会話もできないときの落ち込みもありますが、自国の言葉を再認識し、書道をたしなむことにおいての自信、誇りのほうが、まさるときがあります。
会話ができなくても、自分の書いた書をみせると、文化の違いや素晴らしさを逆に理解しあおうとしてくれるのです。そのとき、異国で落ち込んでいた私は、自分はなにに「迎合」しようとしていたのかと思うのです。
書は、私の一面を人にみせ、また私に自国のアイデンティティを実感させてくれるものだと思うようになりました。
現代においては、特に日本の子供の教育に、英語が重要視されていると聞きます。 「国際化」とは、なんなのでしょうか。