美学

石岡瑛子さんが亡くなられました。
先日、NHKで追悼番組も放送されていました。

私は世代的に、石岡さんが日本の広告業界においてアートディレクターとして活躍されていたころを記憶として持ててはいないのですが、アメリカ映画である『ドラキュラ』の衣装や、マイルス・デイヴィスのアルバム・ジャケットのディレクション、日本では未公開の映画『MISHIMA』の美術を手掛けられたた凄い方だとは、かねてより認識していました。

とにかくビデオで観た『MISHIMA』は、本当に圧巻でした。
三島由紀夫が自決した一日を縦軸として、そこに彼の小説を劇中劇という形で挿入した斬新な映画です。
そしてなにより、小説シーンに出てくる場面設定が、舞台のセットのように見るからに作り物だと分かるもので、例えば金閣寺では、その炎上シーンを、金閣寺を真っ二つに割ってしまうことで表現してしまうなど、そのシュールな様式美は、幻想的であり、刹那の極みという感じでした。

石岡さんは生前、冒頭の番組のインタビューで次のようなことを発言されていました。

“1ミリが世界を変える”

石岡さんのように大きなスケールで仕事をされている方がそう言われていて、私は救われた気がしました。足元にも及ばないのですが、それは、私が書作において常に意識していることだからです。

“大は小を兼る”とか、“大行は細謹を顧みず”といった諺もありますが、物作りにおいてはそうではないと、私は思っています。

それは、ミリ単位のことを、寸分たがわぬように正確に合わせようとするということではなく、目には見えないような部分では、自分の知覚力を信じて、それに忠実であることが、人々に感動を与えることだ、ということを言われているように思います。
そのためには、神経を張りつめ、直感を研ぎ澄ます、ということでもあるのかもしれません。

ただ、そうは言ってみたものの、普段の私は、書作以外では無頓着なことも多くて、少しバツが悪いのですが・・・。

ところで、石岡さんはインタビューで、“仕事と結婚した”とも言われていました。まさに生き方を自分の美学で貫く、三島由紀夫のように意志の強い人です。だからこそ、あのような極限的ストイシズムによる美しい映画が成立し得たのではないでしょうか。

『MISHIMA』をまだご覧になられてない方は、是非ご覧になってください。

 

石岡瑛子さんのご冥福を心よりお祈り致します。