先日、午後のひとときを、近くの公園で読書をして楽しんだ。
陽光のもと、自然の風に身を委ねながら読むことで、より心に触れる本がある。
「西行」白洲正子/ 新潮社
西行の人となりを白洲さんの本から引用すれば、~ 出家はしても一途に仏道に打ちこむわけでもなく、歌を詠んでも俊成・定家のような専門歌人ではない。ともすれば「そらになる心」を扱いかねて、「わが身をさてもいづちかもせん」と苦悩する魂を歌によって解放しようと試みる。解放しようとすればする程、自意識は深まるばかりで、西行が辿った道に終りはないのである~
西行は武人から出家して僧侶となった歌人。そして旅人であった。
「旅の目的は、自分に回帰すること」。
このフレーズは以前読んだ森本哲郎さんの本の中で見つけた言葉。
旅は、人生の答えを探し出すものというより、繰り返される自分の営みに気がつくこと、といったニュアンスであったように思う。
〈男が森の中で迷い、ずっと歩き続けていた。ある時、前方に足跡を見つけて、それを頼りになんとか集落へと辿りつこうとする。だが、実はその足跡は森の中をぐるぐるとまわっていた自分の足跡にすぎなかったことに気がつく〉というエピソードが添えられていた。
狂おしくも美しい西行の歌は、迷い続けてこそ生まれたものだと言える。
ほころぶ桜も、いずれ満開をむかえ、散りゆき、次年への結びを繰り返す・・・