初春のお慶びを申し上げます。
現在エッセイを連載中の雑誌「墨」では、書き初めの特集。
皆さんは「日本の書道文化」がユネスコ無形文化遺産登録に向けて動いていることはご存知だろうか。
“仮名書”は日本独自のものだけれど、“書き初め”も古くから続く習わしで、これを主軸にして登録を目指している。
書き初めの由来についてはこれまで何回か触れてきたので、今年は紙について。
何を書くかという前に、何に書くかということに少し思いを巡らせることも意義があると思う。
滲みの具合、擦れの具合は紙の種類によって変わってくるので、書家にとっては紙にもこだわりがある。
和紙は既に無形文化遺産に登録されているけれど、正倉院の宝物でもあきらかのように、高品質で、千年はもつのではないかと言われている。だからミケランジェロの「最後の審判」の修復にも採用されているのだろう。
昨年末に表参道のとあるお店で、「墨」の石山編集長と友人のエバレット・ブラウンさんと3人でお茶をした。エバレットさんが以前、何かのTV番組に出演していた時に言っていた言葉を思い出す。
「カミは、紙であり、神である」。
墨の黒が“影”に対して、紙の白は“光”にも例えられる。
この厳かとも言える“白”に向かって、今年もいろんな言葉や文字を書くことになる。