かつて柳宗悦(インダストリアルデザイナー柳宗理の父)は「用の美」という思想を掲げ、日常生活の中にある美を見出していたが、それは茶道の流れを汲む、日本が世界に誇る美意識。特に精巧に出来た用品は、明治以降、海外へ展開し、美術品としての評価も与えられている。
現在、銀座の「ポーラ ミュージアム アネックス」で開かれている「玉川堂(ぎょくせんどう)200年展」に、書道教室の生徒たちと一緒に伺った。大人数でおしかけたにも関わらず、玉川堂・番頭の山田さんに丁寧な解説をして頂いた。
写真は五代目による「湯沸」。
最も日常的な実用品が、かくも美しいものなのかという驚き。
一枚の銅や銀の金属板を何万回と打つことによって形作られる。“日本のモノ作り”とはよく言われることだが、その神髄が表れている。
もちろん使ってこそ、その良さが分かるということはあるが、宗悦は用いることについて、次のように述べている。
〈用というのは、単に物への用のみではないのです。それは同時に心への用ともならねばなりません。ものはただ使うのではなく、目に見、手に触れて使うのです―民藝とは何か―〉
けして安価ではないこと、作者が無名ではないということにおいても、「民藝」の定義はそのままあてはまらないが、宗悦の時代と現代とでは、伝統工芸を継承していくということへの重みが違う。そこに“誇り(ブランド)”は生まれる。